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最高裁判所第二小法廷 昭和30年(し)12号 決定 1955年10月24日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

弁護人宇佐美六郎の抗告理由は、末尾添付の別紙書面記載のとおりである。

按ずるに、日本国との平和条約第一七条(b)項の規定に基く刑事判決の再審査手続は、昭和二七年法律第一〇五号平和条約の実施に伴う刑事判決の再審査等に関する法律(以下再審査法と略称する)の規定によるべきものであるが、同法第六条は、同法の定める再審については、同法の規定による外刑事訴訟法(昭和二二年法律第一三一号、以下新刑訴法と略称する)又は従前の刑事訴訟法(大正一一年法律第七五号、以下旧刑訴法と略称する)及び日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律(昭和二二年法律第七六号、以下刑訴応急措置法と略称する)の定めるところによる旨規定する。右再審査法第六条の規定の趣旨は、再審査の対象となり得べき有罪の確定判決が、昭和一六年一二月八日から日本国と当該連合国との間に平和条約が効力を生ずる日までの間において確定したものに限定され(同法第三条)、右期間中に刑事訴訟法の改正が行われた関係から、再審査の対象となる判決の手続が準拠した訴訟法の新旧の区別に従い、再審査手続も同一の訴訟法によるべく、なお旧刑訴法による場合は刑訴応急措置法の規定に従うものであることを規定したものと解すべきである。しかして、本件再審査請求にかかる、抗告人に対する軍機保護法違反被告事件は、当裁判所の取寄せた同事件の上告審判決原本によれば、昭和一六年一二月一六日神戸地方裁判所において有罪の第一審判決が言い渡され、被告人の上告申立により、昭和一七年四月二日大審院において上告棄却の言渡がなされたこと、従ってその審判は旧刑訴法によったものであることが明らかであるから、本件再審査手続は再審査法第六条により旧刑訴法及び刑訴応急措置法によるべきものである。

よって先づ本件抗告の適否について判断する。本件抗告は、再審査請求棄却決定に対する抗告について大阪高等裁判所のなした抗告棄却の決定に対し、当裁判所に即時抗告として申し立てられたものである。旧刑訴法第四六九条第三号には、かかる場合について上級裁判所への再抗告ができる旨規定されている。しかし、その上級裁判所に当る最高裁判所は、裁判所法第七条によりその裁判権を上告及び訴訟法において特に最高裁判所の権限に属するものと定められた抗告に限定され、その抗告とは旧刑訴法による事件については刑訴応急措置法第一八条による特別抗告のごときものを指すことは、当裁判所判例の既に判示したところである(昭和二二年(つ)第七号同年一二月八日第一小法廷決定、刑集一巻五七頁)。従って、旧刑訴法第四六九条第三号による再抗告の途は開かれていない(他にかかる再抗告について管轄裁判所を定めた法規はない)のであるから、本件即時抗告は不適法たるを免れない。またこれを刑訴応急措置法第一八条による特別抗告とみなしても、その抗告理由が同条の「原決定又は命令において法律命令規則又は処分が憲法に適合するかしないかについてした判断が不当であること」を理由とするものでないことは、抗告理由自体に徴し明らかであるから、本件抗告を適法とするに由なきものといわなければならない。

なお、本件抗告理由において「平和条約当時、多くの旧敵国人関係審理調書の空襲による喪失は事実経験則上予期し得たところであり、平和条約会議に代表を送った関係諸国政府が、自己の責任に於て保管すべき上記調書焼失をもって再審査開始請求を不適法とする旧刑訴法第五〇五条による形式的審査請求棄却決定を認めたであろうとは常識上考えられない。何故ならば、もしこの様な再審査開始拒否事由が認められるならば、憲法第九八条第二項により国家の最高法規たる条約の遵守義務を負う日本国政府が、平和条約第一七条(b)項の誠実なる遵守は事実上不可能となる。上記条約及びこれが実施にともなう刑事再審査に関する法律が行使の不可能な再審査請求権を規定する理由はない。従って本件のように十年以上を経過し、証拠蒐集の不可能が予め予想されている場合、不可能な空虚な権利を認めることが平和条約締結当事国の真意でない以上、検察官側において再審申立者の申立乃至手記に反する証拠を提示しなかった本件においては、直ちに再審開始決定することが平和条約を誠実に履行する所以である」と主張するけれども、再審査がわが国にとって条約上の義務であるからといって、裁判所としては法律の定める手続に反する措置をとることを許されないことは、裁判の公正を期する上から当然のことである。しかして本件再審査法による再審査については、刑事訴訟における再審事由と異り「訴訟手続において被告人として事件について充分な陳述ができなかったこと」が事由となっている(再審査法第三条)。それ故本件に準用される旧刑訴法第四九七条に証拠書類及び証拠物とあるのは、この場合は充分な陳述ができなかった事実を疏明するに足る資料の意味に解すべきである。すなわち再審請求をなすに当っては、再審開始理由の有無を判断するに足る資料を提出して疏明することを必要とするのであって、かかる疏明を欠く再審請求は裁判所としては受理すべきものではないのである(旧刑訴法第五〇四条)。

原決定は結局において本件再審査請求が旧刑訴法第五〇四条の方式に違背するものとして、その請求を不適法と判断したものであるが、それでも原決定は本件請求について申立人から右規定による所要の書類の提出がないことだけを理由としたものではない(申立人は同人作成名義の「一九四一年七月一三日より一九四五年八月一六日に至る期間日本官憲による私に対する勾引、判決、有罪の決定、拘禁の事情に関する報告書」と題する書面を裁判所に提出しているが、原決定が、この書面は再審査請求のために申立人の主張を書いたもので、原判決の謄本に代わるべき書面ではないし、また再審査開始の原由があるかどうかを判定するに足る証拠書類または疏明資料とはいえないと判示しているのは正当である)。原審裁判所は、本件再審査の対象たる被告事件については、その訴訟記録等が既に戦災により焼失し、且つ審判後十数年を経過したものであるため、申立人が再審査請求に添付すべき各所要資料の蒐集に甚だ困難な事情にあること、その他再審査制度が平和条約に基く国際的問題であることに鑑み、特に本件再審査請求について、申立人の資料提出を援助補助する意味において、職権により各方面に資料の存否を確め、また当時の関係者多数を尋ね出して照会し回答を求める等事実の取調に努めたのである(抗告理由所論の原審裁判所の措置に対する非難は、右職権調査の性質を弁えないことによるものであって、当を得ない)。しかも原決定は、右職権調査によっても「法令の要求する方式を具備することができず、従って再審査開始の原由があるか否かを判断する方法もない」と判示しているのであるが、当裁判所が以上の資料の外前示本件再審査請求の対象たる事案の上告審判決を参酌して判断しても、結局原決定は相当といわざるを得ない。

しかして、右上告審判決において上告人ガブリエル・バルベの弁護人西岡政四郎は上告趣意として「本件上告人の場合に付き之を観るに帝国臣民が売国的行為を敢て為すの意思を以て之を為したるものとは其の選を異にし、当時上告人が仏蘭西人なるが故に、又ウイシー政府に対し慊らぬ不満を有し、ペタン元帥の不甲斐なさと其の降伏政策に反対し、其の行為を以て愛すべき祖国を売らんとするものと思惟し其の売国奴的態度に憤慨の余りドゴール政府の主張に共鳴して已むなく之を援助せんとする愛国的熱情に駆られ居たる折柄、偶然の原因により知り得たる事実を漏泄したるものなることは一件記録に散見する所なり。従って上告人当時の心情に苟くも我が帝国の治安を害せんとするが如き意思の毫もなかりしことは「私は日本の治安を害そうと思ってドゴール宣伝運動を日本内地でしたのではなかったのであります」「スパイは武器を持たざる外国派遣軍だと云われるかも知れませぬが、私は其の滞留国の国法を冒してまで自己の義務を尽さねばならぬとは考えて居りませぬ」(検事の嘱託による警察における聴取書)とあるによるも之を認むるを得べく、又上告人の原審公判廷において「ドゴール政府援助が日本の治安を害する場合は日本を去る考でありました」と供述し、又右事実を漏泄したる当時日本新聞紙には全部日本軍の仏印進駐は平和的進駐にして戦時的のものにあらざる旨報道し居たる関係上、右事実に関する談話は帝国の軍機の秘密に関するものなることの認識を欠きたるものにして、犯罪を構成すべき筋のものにあらずと信じて為した旨供述したるによるも亦明かなりといわざるべからず」と述べている。これによれば当該被告事件の訴訟手続において被告人として陳述した内容、程度が想像されるのであって、その公訴事実の内容、事案の性質から考えて、他に特殊な事情の存しない限り、右の程度の陳述または弁解がなされているならば、被告事件の普通一般の例と異るところはなく、「充分な陳述ができなかった」とは認め難い。なお記録によれば、当該被告事件の取調に当り、被告人が仏蘭西人であるにかかわらず英語の通訳によったことは、当時適当な仏語の通訳がなく、且つ被告人が英語に通じていたため、被告人の諒解を得てなされたことであると認められ、また被告人の当初選任した弁護人による弁護は許されず、当局の指示した弁護人に依頼せざるを得なかったのは、当時の法律により軍機等に関する事案の弁護人の範囲は司法大臣の指定したものに限定されていたからであって、なお弁護人が裁判所外の弁護活動に不充分な点があったとしても、そのことが直ちに「被告人として事件について充分な陳述ができなかった」ことには当らない。

以上要するに、本件再審査請求については、その理由たる「被告人として事件について充分な陳述ができなかった」という事実は、これを疏明するに足る資料がないのみならず、むしろ、その陳述は被告事件につき普通一般になされている程度になされたことを窺うに足る資料もあるのであるから、本件再審査請求はその理由もないものであって、到底再審査手続を開始するに由なきものである。

よって再審査法第六条旧刑訴法第四六六条第一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田 克)

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